THE PERSON
-登場人物の紹介

第4回目のお客様


兼先宝飾
兼先商店有限会社

代表取締役


兼先正雄様

Masao Kanesaki

 

聞き手


株式会社石国

代表取締役 社長

東京美装商工業協同組合 理事長


石田国久

Kunihisa Ishida

まえがき

本日お相手をして頂くのは、兵庫県の日本海側に位置する豊岡で100年を超えて時計・宝飾店を営んでいる「兼先宝飾」の兼先正雄さまです。
豊岡の商店街(カバンストリート)に店舗があり、奥様と共にお店を守られています。
地元豊岡のみならず、広い範囲にお客様を持たれています。

どの様にして多くのお客様に愛されるお店を作られたか。―

100年を超える企業をどの様にして守られて来たのか。―

歴史ある時計店にとっての時計ベルトの位置づけとは。―

たっぷりと聞いていきたいと思います。



はじめに

(石田)本日は年末のお忙しい中お時間を頂戴しまして誠にありがとうございました。時計ベルトの世界をより多くの人々に知って頂きたく、お話をお伺いできればと思っております。よろしくお願い致します。

(兼先)こちらこそよろしくお願いします。



「兼先宝飾」について ≪刀鍛冶で鍛えた技術を宝飾作りに≫

(石田)創業はいつ頃ですか。

(兼先)兼先宝飾としては1871年の創業とさせて頂いています。元々は刀の鍛冶屋だったそうです。出石藩の藩主が信州上田藩にお国替えされたときに兼先の刀を信州上田に送ったという記述が1720年頃の文献にあります。 多分それが兼先の一番古い記述です。その後も出石藩の刀鍛冶をさせて頂いていましたが、明治に入って散髪脱刀令(1871年9月23日発令)が発令され刀鍛冶としては終了しました。
刀を打てなくなったので、その技術でかんざしとか帯留めとかキセルとか装飾用の刀のつばなどを作り始めたということで1871年を創業とさせて頂いています。

(石田)1720年創業としてもいいのではないですか。

(兼先)土偶の時代は装飾品を結構着けていましたが、着物の文化によって装飾品を着けるという習慣がなくなってしまいました。ですので「宝飾」である以上は、刀鍛冶ではなくかんざしや帯留めを始めた1871年を創業とさせて頂いています。

(石田)現在のような「宝飾」を始められたのはいつ頃からですか?

(兼先)1909年に出石から豊岡に出て来た時に貴金属細工の他に眼鏡を取り扱うようになり、その後宝飾品を仕入れて売ることも徐々に始めたようです。



時計について ≪時計もジュエリーである≫

(石田)時計はいつ頃から始められたのですか。

(兼先)1991年に私が店に戻って来た時に、宝飾と眼鏡を一緒の場所で売っているのに不都合があると感じました。そこで、宝飾と眼鏡を分けようと考えて、1999年に現在の場所に宝飾の店を開いて、元々の場所を眼鏡店としました。
宝飾を取り扱う中で時計もジュエリーじゃないかと思い時計も扱うようになりました。

(石田)時計もジュエリーであるという考え方は素敵ですね。

(兼先)ジュエリーとは人間の本能としての本質的な身を飾りたいという欲求を満たすものである以上、時計も当然ジュエリーであっておかしくないし、そうあるべきだと思っています。
他人との差別化であったり、威を借ることであったりと身につけるという行為は本質的な本能であり、個人の機能を高めるものであると思っています。
そう考えれば時計も当然ジュエリーであると思っています。昔は刀がその役割を果たしていたと思います。刀も代々受け継がれるものであったと思います。ですので、時計も代々受け継がれるものであってほしいと思っています。

(石田)時計もジュエリーであるという思いから、多くの時計ブランドを取り扱うのではなく、受け継がれる時計ブランドに絞った商品展開をしているのですね。

(兼先)はい。ですので、ロレックスとブライトリング、そしてレディースモデルが充実していたボームアンドメルシエ、シャリオールの4ブランドで時計を始めました。現在ではハミルトンを加えています。



兼先正雄について ≪品質もわからずにお客様に提供するのは失礼≫



(石田)兼先さんの経歴を教えて下さい。

(兼先)豊岡で生まれて、神戸の大学を卒業して、大阪のジュエリーカレッジで学んで、明石のカドノさんで丁稚奉公をして、その後ジュエリーの卸屋さんに1年半お世話になって、兼先に戻ってきました。

(石田)満を持して兼先に戻ってきたという感じですね。早くから家を継ぐことを決めていたのですか。

(兼先)大学在学中は家に戻る気はなかったです。就職を考え始めた時、特に働きたい職種がなくてどうしようか考えていました。そんな時、父からジュエリーカレッジを勧められてこれは家を継ぐってことなのだなと思いました。

(石田)小売りから卸に至るまで色々経験されてお店に戻ってきたので不安などはありませんでしたか。

(兼先)経験と共に資格も必要だなと感じてG.I.A.G.G.(米国宝石学会鑑定士)を通信でとりました。本当は留学して取りたかったのですが、結婚して間もなくで、店に戻ってきてしまっていたので留学は諦めました。

(石田)G.I.A.G.G.の取得は大変でしたか。

(兼先)大変でした。ジュエリー販売に必要な絶対的な資格はないのですが、G.I.A.G.G.の取得は最低限の知識と目を養うのには役に立ちました。人によって鑑定は商品の粗探しになるので販売には必要ないという人もいます。自分が売る商品の粗探しをどうしてするのかと。でも、自分の売る商品の品質もわからずにお客様に提供するのは失礼でしょうと思って取得しました。

(石田)思いがあるから大変でも取得にチャレンジ出来たのですね。

(兼先)好きだからです。ジュエリーが好きだからもっと知りたいと思って勉強しちゃいました。




今後の展開について ≪自社ブランドを作りたい≫


(石田)今後の展開は何か考えていますか。

(兼先)自社ブランドを作りたいと思っています。ジュエリーでも、時計でも、カバンでも。でも、やはり貴金属加工から出発しているので、まずは貴金属加工で商品を作ってお客様に提供出来たらと思っています。特に日本古来の色金のひとつである四分一に興味があります。特に純黒の光沢をもつ赤銅は技術も材料もなくなる可能性があるので是非使ってみたいです。先代までは使っていたようです。

(石田)夢が広がっていいですね。商品化するときは是非ご案内ください。

(兼先)ご案内します。四分一赤銅は人に触れない方がよいので、時計の文字盤なんかにはいいと思います。実際に扱っている方もいるようです。




100年を超える商売について ≪ロマンチックでなければならない≫


(石田)長く商売を続けられて来ましたが、秘訣など教えて頂けますか。

(兼先)まずは商圏を広げてきたこと。特に時計を始めてからは強く感じるようになっている。それから、面白いことがあればどこからでも来店して頂けるということ。これは、カバンストリートでの活動が影響していると思う。これから、ネット社会がさらに進んでいくことを考えれば、如何にその場所に来てもらうかを考えなければならない。お店がエンターテインメントでなければお客様は来てくれない。何か魅力がなければ、全てネットで購入して事が済んでしまう。

(石田)そのひとつが四分一赤銅なのですね。

(兼先)今無くなってしまった技術とか部材だとかを使って新しいジュエリーを作れたらロマンチックじゃないですか。色々な妄想が出来るじゃないですか。ロマンチックじゃないとお客様は来てくれないのですよ。

(石田)それでもお客様に来て頂くというのは大変なことですよね。

(兼先)一店舗で頑張っていると大変かもしれません。でも、カバンストリートとして、多くの人たちとアイデアを出し合って様々なイベントを行っていると結構人が来てくれる。そこで集まってきた人をいかに自店に導くかを考えればいいと思っています。豊岡という場所は今色々と発信しているので、ついでに兼先も寄ってみようと思ってもらえればいいと思っています。

(石田)直接自店にお客様を呼ぶことばかりではなく、まずは地域に来て頂くという発想ですね。

(兼先)そうなのです。だから私のブログは店のことよりも、この町はこんなに面白いでしょうという内容でアップしています。楽しいお店があるし、おいしいお店があるし、変わったお店があるでしょうと。でも、自店自体に魅力がなければ意味がないので、自店の魅力も磨き続けています。




時計ベルトについて ≪他店との差別化商品です≫

(石田)時計ベルトという商材についてはどの様にお考えですか。

(兼先)やはり他店との差別化商品ですよね。純正にはない色であるとか、裏材の色にこだわってみるとか、色々ご提案できる商材です。ハミルトンにNATOベルトを合わせてディスプレイしてみるとか、時計の新しい表情を提案できるのもベルトのおかげです。

(石田)時計ベルトで時計を遊ぼうというのが当社の考えですがかなり一致しますね。

(兼先)そうですね。夏は金属ベルト、秋には皮革ベルトとベルトを着替えて頂ければ、来店頻度も高まりますしお客様とのコミュニケーション機会も増えます。




おわりに

(石田)最後になりますが、石国にエールを頂ければと思います。

(兼先)石国さんはオーダーベルトの製造スピードが早いというのは非常に助かっています。そして注文通りにちゃんと作って頂けるのも助かっています。お客様に喜んで頂ける良い仕事をされていると思います。後は、お客様に語れる新しい素材や色などを増やして頂ければと思います。

(石田)お褒めの言葉を頂きありがとうございました。お客様に語れる商品を産み出して行きたいと思います。本日はありがとうございました。





編集後記

お店のブログでは「シャッチョーマン」の愛称で親しまれている兼先さん。そのお茶目な人柄が談義の中で随所に見られました。ただ、貴金属加工の話やジュエリーの本質の話題になると目が鋭くなり顔つきが変わるのも感じました。300年近い歴史の継承者としての一面を見たと思います。


時計屋から宝飾を始めた会社は多々ありますが、宝飾屋から時計を始めた会社は稀なような気がします。そのような歴史があるからこそ「時計はジュエリーである」という発想に行きついたのではないでしょうか。


時間を確認するだけなら携帯電話で十分な時代に時計を愛し時計をお客様の手元に届けようとする兼先さん。「時計はジュエリーである」素敵な言葉を頂きました。


時計ベルトでお客様に楽しんで頂きたいという「兼先宝飾」がある限り、私たちも精一杯ベルト作りに邁進したいと思います。兼先さん、素敵な時間を共有させて頂きありがとうございました。




今後も様々な人に「時計ベルト」をテーマに話を聞きに行こうと思います。是非、ご期待ください。また、私と「時計ベルト」をテーマに話しがしてみたい方がいらっしゃいましたら、当ホームページのお問い合わせまでご連絡ください。